#0025 『たまには甘えて、いいんですよ?』 吐息だけが聞こえるカーテンを閉めた薄暗い部屋に、土鍋を載せたトレイを持って芦毛の壮年ウマ娘が入ってきた。 「あなた、お待たせ。鍋焼きうどん、作ってきたよ?」 「あぁ……ありがとう……」 ゆっくりと、這々の体で身を起こす初老の男性。知る人が見れば、いつも凜々しく溌剌と階下の厨房で立ち働くこの店のシェフだと気づくだろうが、弱々しくやつれたその姿に、いつもの光がない。 そうなると、枕頭台にトレイを置いてそっとその身を支えるウマ娘は、同じく階下のフロアで愛嬌を振りまいている、彼の愛妻であるセイウンスカイだ。 背中にクッションを潜り込ませ、その安定をサポートして、土鍋の蓋を取る。温かい昆布だしの香りが部屋に広がる。 シンプルに、くたくたに煮込んだうどんと白葱、桜花の形にくりぬいた人参と大根、半熟になった卵。しかしそれでも欲が出ないのか、彼は箸を取ろうとしなかった。 「食べたく……ない?」 「せっかく作ってくれたのに……本当にごめん」 「いいのいいの。無理に食べても良くない。……でも、食べないと抵抗力が戻らないから、ひとくちだけ……ね?」 しかしそれでも彼は箸を取らず、代わりに力なく首を横に振った。 「……じゃあ。はい……あーん」 嘆息した彼女はその箸を取り、麺を一本くるくると絡めてつまみ上げると、彼の口元へと持って行く。彼の赤くなった頬に、さらに紅が差す。 「いいから、食べて。お願いだから」 「……わかった」 おずおずと唇を開く彼に、その箸先をそっと突っ込む。 その一本の麺を、もぐもぐと二分ばかり咀嚼して、こくりと喉が動く。 「おいしかった。……でも、もういいから」 「……うん。わかった、あなた」 三日間、本当に何も口に入れてくれなかったことから思えば、と、彼女はそっと土鍋の蓋を閉じる。 「片付けてくるね……」 立ち上がる彼女の手に、何かが触れた。 「行かないで……スカイ」 「あ……あなた?」 「やだ……一人にしないで……ひとりに……」 懇願する目に、彼女は再度ベッドサイドに座る。 「はいはい。あなたのセイちゃんは、あなたの横にいます」 「あのときのあなたは、かわいかったなぁ」 「や……やめてくれスカイ。恥ずかしいから……」 今日の彼は、いつも通り凜々しく溌剌と厨房に立つ格好。 だが、あのときのように頬が染まっていた。 |