#0020 『空はどこまでも青く』


(注釈) このセクションは、本編と少し出来事が違うスピンオフ的な作品です。


「あうっ……!」
「おっとと……キング、大丈夫? ほら、手を貸すから掴まって」
 石段の二段上。軽快な足取りで登っていた旧友が振り返って、左手を自分の膝に当てて上体を沈めながら、私の目線の高さに右手をすいっと伸ばしてくる。
「ふふっ、歳は取りたくないものね。これだけ老いると、一流を維持するのも大変だもの」
 素直に感謝を述べながら、でも素直に悔しさも滲ませながら、私はその掌に自分の手を重ねた。
「キングはスタミナがないなあ。歳を食ったからって、この程度で音を上げていたらダメだよ」
「私はスプリンターウマ娘よ? 菊をレコードで獲ってしまうステイヤーウマ娘の誰かさんとは身体の構造自体が違うのよ」
「菊のレコードかぁ。そんなこともあったねぇ」
 私の旧友、セイウンスカイは視線を上げる。あのときの京都のような空の色。
「そんなことも……あった……ね……」
 鼻を啜る音が聞こえる。私は首にかけていたタオルを取ると、スカイさんの目頭をポンと押さえる。
「はいはい、色即是空、空即是色。今は悲しむときではないわ。……地図によれば、この先に少し開けた場所があるようね。スカイさんには、そこで少し休憩をする権利をあげる」
「……休憩って、キングがしたいだけじゃないの? 私はほら、腐ってもステイヤーウマ娘だから、まだまだ先に行けるんだけどなあ」
 目を少し押さえて、勢いよく頭をふるふると横に振ったスカイさんは、私に非難を浴びせたそうな笑顔で。
「次が八十八番札所、終点よ。百里を行く者は九十を半ばとす。最後まで油断をしてはいけないわ。行きましょう?」
「はーい。……お遍路が終わったら、なにかおいしいものでも奢ってよね」
「このキングに任せなさい。一流の美食精進料理をいただきましょう?」
 私はスカイさんの手を取ると、もう片方の手に持つ金剛杖で地面を叩く。腰の鈴がシャンと鳴る。
 ……あなたは、そちらの世界で楽しく過ごしているかしら?
 私たちは、相変わらずこんな感じよ。でもとても楽しいわ。
 あなたのところに、スカイさんのあの人はもう着いているかしら? 着いているなら、スカイさんは元気よと伝えてくれるかしら。……まだまだ喪失感は大きいみたいで、昨日も宿坊で、私の隣の寝床で夜中に写真を抱いて肩を振るわせていたけれど。心配には及ばない。スカイさんの隣には、この一流のキングがいるのだから。

 そう、伝えておいて。
 私たちも、そう遠くないうちにそこに向かうことになるわ。
 男子三日会わざれば刮目して見よ、って言葉があるわね。
 二人とも、久しぶりに会うことになる私たちを楽しませなさいよ?



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