#0003 『嫌いだ、バレンタインなんか』 午前の授業がすべて終わった。 三々五々と教室から生徒達が捌けていく中で、朝から空いていた席を見つめながらつぶやく生徒がいた。 「スカイさん、どうしたのかしら……?」 「あら、キングちゃん。もしよろしければ、お昼をご一緒しませんか?」 「グラスさん。そうね……。そうしたいのは山々なのだけれど」 「セイちゃん、ですか? 今朝から姿を見かけていませんね」 「ウマッターを見ても、昨夜の更新が最後だし、どうしたのかしら?」 「どちらにしても、戦をするにも腹ごしらえは必要かと。実はお弁当が重なってしまいまして、もし差し障りがなければですが、私のお弁当を召し上がってもらえればと思って」 「そういうことなら歓迎よ。少しこの件については憂慮すべき点がありそうだから、グラスさんにも知恵をお借りできると嬉しいわ」 教室の隅で机を寄せ合い、キングヘイローとグラスワンダーは弁当箱を開いた。 「あら、グラスさんのお弁当はまた風流ね」 「ええ。トレーナーさんがですね……」 「なるほど。おおよそ、バレンタインデーのチョコレートの代わりに作って持たせてくれた、というところかしら?」 「ふふ、ご名答です」 春を先取りした筍の炊込み飯に固く絞った小松菜、だし焼き玉子、竹輪の磯辺、ハートにくりぬいた人参のグラッセが彩りよく配置されている。対するキングヘイローが蓋を取った弁当箱もなかなかのもので、赤じその塩漬けを顆粒に刻み乾燥させたものを散りばめたほのかな桜色の飯にひとくちサイズのハンバーグ、ブロッコリー、ポテトサラダの横にはサワラの西京焼きを配置して矢生姜を添えてある。 「こちらはグラスさんのお手製かしら? 見事なものね。お弁当よりも、そのお料理の腕を少し分けて頂きたいわね」 「まあまあ。キングちゃんも、最近熱心に練習されているのでしょう?」 「そうね。一流たるもの、やはり料理のひとつくらいはできないとね」 「コツを掴めば、そう難しいものではありません。お菓子と違って、フィーリングでなんとかなりますので。……それはそれとしまして、やはり、原因は『コレ』ではないのでしょうかね……?」 グラスワンダーが箸先でちょんと突いた料理を見て、キングヘイローは嘆息しながら頷いた。 「私も同意見なのよ。いくらスカイさんが気まぐれとはいえ、その理由以外で、昨日の今日でここまで変わるとは考えられなくて……」 グラスワンダーに突かれた料理。いうまでもなく人参のグラッセだ。 「寮にはいないみたい。けれど元気に登校する姿はあったという話なのよ。そして私が知りうる限りのスカイさんの秘密お昼寝スポットは当たってみたけれど……」 「そのどこにもいなかったということですね?」 「そうね。といって、学園外に出たとも考えにくいわ。もう少し時刻が下がればともかく、午前中に制服姿でほっつき歩いていれば補導されるところまでいかないにしても学校に通報されて騒ぎにはなるはず」 「ウマグラムも既読がつきませんね」 「まあスカイさんは普段から未読無視をする傾向はあるのだけれど、あのニシノフラワーさんのメッセージにも応答がないらしくて」 「そういうセイちゃんは、少し心配ですね」 「そうなの。夕食の時刻までに寮に戻ってくればいいけど、あの子はあれで繊細で、なにかひとつに囚われると他のことを一切考えられない、そんな不器用さも持ち合わせているから……」 「では私達のすべきことは決まったようなものではないですか」 「……そうね。そんなことは私自身も理解していたのかもね。その背中を押してくれるきっかけが欲しかっただけで。……グラスさん、とても美味しかったわよ? しかし幸せ者ね、近い将来、こんなお弁当をいつも仕立ててもらえるであろう、あなたのトレーナーは」 「まあ、キングちゃんったら」 「およそ事情は相分った。それなら花壇の日課などは今日は忘れればいい。いくらこまめに育てなければ上手く咲かぬ花とはいえ、気もそぞろで世話をされても綺麗には咲けんぞ」 「すみません、エアグルーヴ先輩……」 「構わぬ。私は最近かなり多忙でな。だが今日は久々に時間を作ることができたので、今日の私はじっくり花と対話したい気分なのだ。ゆえに、貴様の助力などは不要だ、ニシノフラワー」 「はっ、はい。ありがとうございます」 「……ああ、ちょっと待て」 シャベルを置いて立ち上がったウマ娘は、小さな魔法瓶と、それから手帳の紙片を千切り取ったものを小柄なウマ娘に手渡した。 「今日は寒いからな。心配事の解決も大事だが貴様自身が風邪を引かぬように。……それから、何か困ったことがあったら相談しろ。携帯電話はあるのだろう? そこに架けてくるといい」 女帝は柔らかく微笑んでいた。 既に歩数計の値は優に一万四千を超えていたが、そんな事実にすら気づく余裕もなく、彼は駆けずり回っていた。 「どこに……いるんだ……」 肩で息を悪態とともに吐き、それでも足の運びを止めることもなく。 「本当に悪いことをした……度が過ぎた……」 だが後悔とは後から悔やむからそう云うのであって、先にその未来を予測して回避していれば、それは聡明な判断と名を変えるのだ。 もう三度は確認した屋上の扉を蹴破るように飛び出して周囲に鋭い眼光を飛ばす。昼の憩いを脅かされて顔を凍らせた生徒が数名いて心の片隅で申し訳ないと思いながらも、その釈明をする時間が惜しく忌々しげに舌打ちをして再び階段を駆け下りる。中庭の楠か、畑の隅の農機具倉庫か。どこも少なくとももう二度は確認しているが、それでも先刻と今とでは状況が変化していないとは断言できない。彼は再び疾駆した。 階段室のデッドスペースに積み上げられた古い学習机の壁の向こう。ヒト一人が辛うじて横になれる程度の埃っぽいスペースに小さくうずくまる影があった。 「……トレーナーさんのばか……」 その目は白兎のように赤く腫れ、胸に抱いていた数時間前までは立方体だった包みは菱餅のように歪んでいた。 ひょんなことで年が明ける前に見つけた場所。校舎の隅にあるこの階段は利用するものも少なく静かで、意外にもお日様の光が入り込む暖かい場所であることを知ったため、埃さえ払ってマットか毛布でも敷いてやれば新しい秘密の隠れ家ができると目論んでいたところ。そこに彼女……セイウンスカイはいた。頭から埃をかぶり、クリーニングから戻ってきたばかりの丁寧に糊が利いたセーラー服も煤だらけだ。ぼろぼろと涙ぐみ、それを乱暴に手の甲で拭うも、もうもうと立ちこめる埃はさらにその涙を誘う。 『トリックスター』などという異名を持つが故に、何をするにも策を巡らせ、予防線を張り、旗色が悪くなるとサッと退いて笑ってごまかす。いつまでもその戦術でいいのだろうか。 「そう思ったから、頑張った……のに……っ」 胸に抱いた箱がさらにぐしゃっと潰れた。 「あのトリックスターにしては今回はえらく直球勝負な作戦だな。風邪でも引いたのか、それともニシノフラワーの入れ知恵か、だなんて……。トレーナーさんのばか……ばかぁ! ……そんなんじゃないよ!」 「ここか……スカイ?」 ビクリと身体を硬直させる。聞き覚えのある、いや、忘れたくても忘れることが叶わない柔らかい声音。ゴトリと積み上がった机の一角が除かれて、顔を覗かせて、その空気を吸い込んで思いっきり噎せ返った。 一頻り激しい咳込みを繰り返した後、片手で鼻を覆って再びその声の持ち主は顔を突っ込んだ。 「本当に申し訳なかった。スカイ、ごめんな」 「どうして、ここが……?」 「思い当たる場所はすべて探したけど、いない。ということは、過去にスカイが好んで、俺に教えてくれだ場所にはいないということだ。……となれば、俺が知らないスカイのお気に入りの場所ということになる。であるなら、スカイと同じ価値観、考え、思いを持ってこの世界を見るしか法がない。そう思ってあちこちに視線を巡らせたら、ここが見えたうちのひとつだ」 「トレーナーさんのばか……」 「……そうだな、スカイの思いをなにも考慮できない、とんでもないばかだよ」 「この……あほっ、間抜けっ、鬼っ、悪魔っ、唐変木っ、すっとこどっこいっ、脳タリンっ、トンチキっ、鈍感っ、蛍光灯っ、板付きかまぼこっ、変態っ、英語の先生っ!」 「……残念だが英語はそこまで得意ではないぞ」 「知らないっ!」 「とりあえず、出ておいで。ちゃんと広くてお天道さまが見ているところで、目を見て、スカイと話をしたい」 「やだ!」 「……そうか。わかった。そこまで拒否されてしまうのなら、しかたがないな」 大きく溜めた息を吐いたかと思うと、出入口のスペースがゴトゴトと大きく軋んだ。 「スカイが出てきてくれないなら、こちらからそこまで潜るしかないからな」 ただでさえ大人ひとりが寛ぐにも足りない程度の広さしかない場所に、そこまで大きな体躯ではないとはいえ成人男子に潜り込まれてしまっては、いかなウマ娘といえども身動きひとつできなくなった。いきおい、上に覆い被さられるかのような格好になる。壁ドンならぬ床ドンだ。 「顔も髪も埃まみれじゃないか……制服も煤だらけにして。それに……あーあ、これは、ハウスダストでやられたな。目も真っ赤にして、それにこれ、埃まみれになった手で目を擦ったんじゃないか? こんなにも、ミミズ腫れになって……」 懐のポケットから取り出したウェットティッシュでそっと顔をポンポンと軽く叩くように拭き、裏返しにして髪を拭く。精一杯の抵抗をしたくても、ここで下手に暴れれば積み上げた机が崩れて下敷きになりかねない。それで自分が怪我をするのは自業自得だとして諦めもつくが、潜り込んできた罵詈雑言の塊を潰すことまでは計算に織り込むことができなかった。 「や、やめてくださいトレーナーさん!」 「やめてたまるか。一時の怒りなんかでハウスダストをアレルゲンにしてしまったら、それこそ本当に一生後悔するぞ」 「誰のせいだと思ってるんですか!」 「知らいでか、俺のせいだ。でもそれは後でじっくりたっぷりねっとり、土下座でも百叩きでもなんでも受けてやるから後回しだ。スカイの可愛い綺麗な顔をこれ以上ハウスダストなんかに歪ませるわけにはいかないんだよ!」 「ミッ……!」 「だから、な? 怒っているのはわかる。そしてその怒りは尤もだし、どんな仕打ちでも受ける。でも、そのためにスカイが酷い目に遭うのは違う。他の誰が許しても、たとえスカイ自身が許したとしても、俺がそんなことは許さない。だからここを出るぞ。さあ、おいで!」 ぐっと手首を引かれた。それは、予想だにしていない、ヒトミミのそれとは思えないほどの強い意思の力だった。 為す術がない……こともなかったが、広い場所に引きずり出された彼女は、新しいウェットティッシュで顔や髪やのみならず、手腕や脚まで丁寧に拭き取られ、最後に浅葱色のハンカチで仕上げられた。大好きな、自分のものではない匂いに当てられ、頭が少々ふわふわする感覚に包まれる。そしてそのハンカチに覚えはあった。彼がトレーナーになってすぐに迎えた彼の誕生日に、誕生日だと聞いたものの当然ながら今日の今日で何も準備することができないからと、勿体ぶって女子中学生ウマ娘の使用済みですよとか云いながら押しつけたそれだった。 「まるっきり腫れていない、といえばウソになるが、そこまで酷い状況になることだけは避けられたか。……とはいえ、これは急ぎでちゃんと処置しないと、間違いなく尾を引くな……」 外壁にかけてあった上着を振って、可能な限り埃を払ったそれをかぶせ、彼は担当少女の身体を抱き上げた。 「な、ななななにを……」 「本当は寮に帰ってシャワーで身体を綺麗にするのが正解かもしれないけど、その格好で寮に戻すわけにはいかないからな。一旦トレーナー室まで行って、熱めのお湯で絞ったタオルで身体を拭いて、抗アレルギーのクリームを塗ろう」 「や……降ろして……」 「降ろしたがために、こんなにボロボロになったスカイを見世物にするわけにはいかない」 「誰のせいだと……思ってるんですか」 「知ってる、俺のせいだ。ごめん」 「ごめんで済むなら……」 「そうだな、警察は要らない、裁判所も建てなくていいし、刑務所も閑古鳥だな」 「本当に、そうですよ」 外目に顔を晒さないように内を向かせ、そのまま階段を登っていく。 「あなたスカイさんのトレーナーではなくて?」 「ん……ああ、キングヘイローと、それからグラスワンダー……」 「スカイさん? 心配したのよ? これは一体全体どういうことなのかしら?」 「ああっと、申し訳ない。その話は後日、改めて全部俺から話をさせてもらうから、今は堪えて、彼女を……スカイを少しだけ休ませてあげてもらえないだろうか? この通りだ」 「……っ!」 「後で次第をお話しくださいますね?」 「無論だよ。ただ、スカイの名誉のためにこれだけは先に言っておく。この件で悪いのは全面的に俺だ。だから、少なくとも、この件に関してだけは、一切スカイを責めないでほしい」 「……承知しました。男子が年端もいかぬ女に頭を垂れてそこまで仰るからには、それ相応の理由と根拠があることだと推察します。では後ほど必ず、お話しください。私達もセイちゃんを心配して探しておりましたので」 「ありがとう、恩に着る」 「ごめんねキング、グラスちゃん……」 「スカイは今は何も喋らない方がいい。喉が焼けてるはずだ、無理に声を出すと声帯が潰れるぞ」 再び階段を登り始めたトレーナーを見送り、二人は顔を見合わせる。 「ふふ、そういうこと、みたいですね」 「ええ。ほんっと、人騒がせなのだから」 「フラワーさんにもお伝えしておきましょう、まだ詳細はわからないまでも、もう心配することはないと」 「そうね、あの子もこの件では、とても心配しているはずだから」 処置が効果的だったのか、あれだけあふれて止まらなかった涙も落ち着き、痒みが酷かった肌も鎮まってきて、ゆっくりと枕から頭を上げると、お気に入りのパステルブルーのマグカップに入れられた温かい麦茶を振る舞われた。初めて洗眼液というものを使ったが、ゴロゴロという異物感がすっかり消失し、なかなか有効的だという知見を得る。麦茶も夏に冷やしたものを飲むというのが常識だったが、温かいそれも優しく身体の隅々まで浸透していく感覚が心地よい。 「もう少しゴツゴツした硬いものかと思っていたんですが、なるほど、なかなかトレーナーさんの腿に頭を置くというのも、心地よい眠りを誘ってくるものですねえ。これはセイちゃん、いたく気に入りました。癖になりそうですよ?」 「それは褒められているのか貶されているのか、いまいちよくわからないなあ……」 「褒め言葉でもあると同時に、貶し言葉でもあるかな、といったところですね。学生の頃は泳ぎで随分ブイブイと慣らしたそうですけど、不摂生な社会人生活で、だいぶん筋肉を落としていませんか? それはそれでセイちゃん心配です」 「そうだなあ。指の間にあった水掻きも、あの当時から思えばかなり衰えてしまったし、これからはちょっと、スカイにああしろこうしろって言うだけじゃなくて、多少は一緒に動いた方が良さそうだな……」 「ですです。……それはそうとトレーナーさん、セイちゃんはとてもお腹が空きましたよ?」 「ん……もうすぐ夕方の六時か。もう他人に見られても恥ずかしい姿形でもないな。どうだ、立てそうか? 寮まで送っていこう」 「トレーナーさんはさぁ……。今日はいつだと思っているんですか、かの有名なバレンタインデーなんですよ? ちょっとくらい、いつもトレーニングを頑張っている愛しい担当にですね、おいしいごはんのひとつくらい、食べに連れて行こうとか思ってくれないんですか? ……それに、どこかの誰かさんのせいで、セイちゃん今日はまだ何も食べていないんですよ? 朝に寮の冷蔵庫に冷やしてたお水を飲んだだけなんですよ?」 「だがなあ、もう時間がこんな時間で、それに寮でも夕飯の時間だろう?」 「だからぁ、今日を一体全体いつだと思っているんです? 二月十四日の金曜日ですよ? つまり明日は土曜日だということは世間中で持ちきりの評判なんですよ?」 「そうか、俺はそれを一般的な常識だと認識していたが、世間中で評判になるほどにすごいことだったのか……」 「そういうわけでして、実はセイちゃん、万一を見越してですね、なんとなんと、帰寮遅刻届を好評提出済みなんです。……むろん、予約もしていないしそもそもトレーナーさんがそんなところをご存じなわけないでしょうから、お高くて雰囲気がいいお店は無理だとしても、それでも余計な悲しみを背負わせた分、セイちゃんを喜ばせてもいいんじゃないです? 第一、バレンタインデーみたいな日に帰りが遅くなりますと高らかに宣言したウマ娘が、門限どころか夕飯前に帰ったりしてみた日には、セイウンスカイは日和ったとか噂されるのは明白で、もう明日からトリックスターの異名を掲げて歩けたものじゃありません」 「わかったわかった……と、言ってやりたいところではあるんだけどさ」 「はい?」 「そのさ、着ていく服はあるのか? 制服は埃と煤だらけでさっきクリーニングに出したばかりだし、今のようにジャージを着ていくわけにもいかないだろうし、そも、ここに着替えていけるような服なんかはないだろう?」 「……ひとつだけ、あるんじゃないですか?」 「ないだろう?」 「あるじゃないですか、……ほら、私の勝負服のプロトタイプが!」 「それ着ていくのか、マジか、勝負かけられてしまうのか俺。簀巻きにされて海に投げ込まれるのか? 今でも多分、五キロやそこらの遠泳はできるだろうけど、せめて放り込む前には手足の拘束はほどけよ?」 「そんなことしませんってば。私をなんだと思ってるんですか。……さて、そうと決まれば行きましょう。セイちゃん着替えますから、トレーナーさんもあのロッカーに吊るしてる対取材陣用のかっこいいスーツ着てくださいな。ほらほら、早く早く!」 「あ、ああ……」 「あれ? どこ行くんですか? トレーナーさんも着替えるんですよ?」 「いや……俺も着替えるけどさ、スカイもここで着替えるんだろう? まさか俺の前で着替えるつもりなのか?」 「……ミッ!」 ほとんど全開にしていたジャージのファスナーを掴み、腕をクロスにしてしゃがみ込む。 「……だろ?」 「で……出てってッ! 早く! 忘れてッ!」 街のカジュアルなイタリアンレストランで赤ワインとジンジャエールを酌み交わしてタクシーにエスコートされて帰寮し、門前で悪戯心から抱きつけば意外にも包み返してもらい、それを見ていた寮長や同室のサクラローレルに程々にからかわれ、就寝前に寝床で打った『今日はそこそこ楽しかったですよ、おやすみなさい』というメッセージの返信が『ハウスダストに負けたのに、お酒をいれたせいですごくすごいじんましん、たすけてすかいかゆいいたいあついしんどいつらいなきたい』だったことに関しては、また別の話である。 「どうしてここまでセイちゃんが及第点を出すくらいにはちゃんと二枚目を演じてきたのに、こんなところで三枚目に落っこちちゃうのかなぁあの人は……」 そう苦笑するスカイの顔は慈愛に満ちていたと、後にサクラローレルは語ったものである。 |