◆ 本日、芸事の日 ◆

放課後、例のトレーナー氏の日中の居城を訪問。暫時待つようにとソファに通されたがちょうど一段落ついたところらしく、３分もしないうちに向かいに座る。ただし、ソファではなく傍らから持ってきた丸椅子。「身体が沈むソファはどうも落ち着かない」との弁。

私が鞄に仕舞っていたクリアファイルから書類を差し出すと、驚いた表情をされる。豆鉄砲を食らった鳩のような顔とはあのことかもしれない。

「押しかけ女房に遭遇するジゴロって、案外こういう気分なのかもな」などと言いつつも、私が私の記入すべき箇所を埋めた育成契約書にまったく躊躇なく署名され、いささか拍子が抜ける。２週間も考え、膨大な想定問答集を策定してどうでもYesと言わせる計画が、ある意味で灰燼に帰した。

……でも。
今日付をもって、私、このトレーナーの下で育成されることが、決まりました。

紙の上を万年筆が走る音は、しばらく忘れられないと思う。